体温が下がるような苦みと酸っぱさの中には、かすかな甘みも隠されていてそれが一片の安らぎとして作品に色を添えているわ。
作者の野村美月はファミ通えんため大賞で『赤城山卓球場に歌声は響く』で最優秀賞を受賞してデビューするけど、発売された小説はタイトルも表紙も萌えだけ狙ったイロモノっぽかったので私は読んでないわ。
でも、彼女はこの『文学少女』シリーズの第1作が『このライトノベルがすごい!2007』で8位を受賞して一気にブレイクするわ!!
この物語はとある高校の文芸部の部室から始まるわ。
この文芸部は弱小で、自称、物語を食べちゃうほど愛している"文学少女"で部長の天野遠子先輩と語り手の井上心葉くんしか居ないの。
物語は実在の文学小説を下敷きに、心葉くんの一人称を基本として展開するんだけど、合間合間に”とある”の登場人物の独白がその文学小説を借りた形ではさまれるわ。この"とある"人物に、作中に登場する複数の人物が当てはまりうることが、一種のミスディレクションとして話を広げていく役割を担っているわね。
この作品には魅力的な登場人物が沢山登場するわ。
部長の遠子先輩は典型的な文学少女の容姿と裏腹に暴走気味なところがあるところが魅力的で、心葉くんのクラスメイトのななせちゃんは気持ちが見え見えなのに素直になれないのが可愛いし、同じくクラスメイトの芥川くんも禁欲的な雰囲気が逆に色気になって素敵だわ。
でも、なんと言っても読者の関心を一身に集めるのはこの作品のヒロインたる井上心葉くんよ。
毎回毎回彼が登場人物が抱いた心の断絶感から過去のトラウマを呼び起こされ、苦悩し取り乱す姿は蠱惑的だわ。読者は彼のトラウマが解消されることを願いながらも、彼の苦悩を味わっていくことになるわ。
はい、文学少女シリーズです。
穢れ名の天使が出た頃から書いては居たんですが、遠子先輩風(自称)に作品紹介する文章ができなかったので、ここまでかかってしまいました。
作品を食べ物にたとえるなんて、ご無体な……
書いている間に慟哭の巡礼者が出てしまって心葉君のトラウマはあらかた解消してしまったわけですが、このエントリーを書き始めた頃、余所での評判を見るに、登場人物の負の感情にスポットを当てていることから文学少女シリーズに対して「気持ち悪さ」もしくは「後味の悪さ」を感じている様子の記述が見受けられました。
(このころのwikipedia上の文学少女の解説にもそんな記述が……今はないですけど)
穢れ名の天使などは援助交際を扱っていることもあり、そんな感触を請けることはままあるかもしれませんが、それより前の作品ではむしろ「我が身を省みて同じ痛みを見いだす」みたいな限定的な共感と表するのが正直な感想に思えました。
文学少女シリーズを読んで、「共感」より「気持ち悪さ」などが強く感じられるというのは、幸せなことではないかな?と思ってしまいました。