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2011年03月25日

3月25日

震災後2週間経ちました。
ローテーションで今日もお休みなので,買い物事情の確認をしてきました。


いつから始めたのか知りませんが,相馬市役所も市役所HPを更新する余裕が出てきたらしく,店舗の営業情報を載せるようになり,参考になります。

いくつか営業している店も出てきたようで,生鮮食料品なども入手できるようになってきたそうです。
ただ,営業時間は品切れ次第,もしくは16時ぐらいまで,ということが多く仕事に出ていると買い物には行けません。


今日は,卵肉野菜も入手可能という情報を手にしていたヨークマートへ行ってきました。相馬市内の食料品店としては,最大の店舗?


朝寝過ごしたせいで,お店に着いたのは12時過ぎでした。
店舗前では入場制限を行っていましたが,並んでいたのは十数人ほど,5分も待たずに入店することができました。


食料品店の定番として野菜コーナーから見てみると,野菜は数・種類共にそこそこあります。値段は少々高めですが,この冬に野菜が高騰ときほどの水準ではありません。
葉野菜に関する例の件もありまして,産地を確認してみました。県内産のものもあるものの,地震の前に収穫されたもの,と書いてありました。
見た限りで品切れになっていたのはもやしぐらいでしたが,これは午後入荷するとのこと。


魚肉類も量は結構ありました。魚は先日干物をいくつか仕入れていたので今日はスルー。
肉は豚がゼロ,牛が少々,残りは鶏肉,という品揃え。値段はこちらも高い……鶏肉で4桁って見た記憶がないんだけど……


卵は1パックゲット。特に購入制限は無かったみたい。逆に牛乳は1パック制限付き。


続いて中の棚。

レトルト系,壊滅間近。カレーの残りが少々,パスタソース系は全滅。

菓子全滅。

ティッシュも品薄,キッチンペーパーは見つからず。

インスタント麺は補充が早いせいか,ずいぶん残ってる。

総菜系,山積み。でも群がってました,需要は旺盛な模様。調理しないで済むので買っていった方がいいのかしら?

酒類,在庫潤沢。コーナーに人すらまばら。
買っている人も居るのですが,ビールを段ボールや焼酎のペットボトルで買ってすぐ出ていく人が大半。ウィスキーの棚を数分も睨んでたのは私ぐらいでしょう。


仕入れに注力してくれている面もあるのでしょうが,これだけ物がそろっていれば買い物さえ出来れば余裕で物資は持つ,と感じました。


となると問題はせいぜい,先に言った会社に行ってる間にお店が閉まってしまうぐらいです。


posted by 文公主 at 22:50 | 福島 🌁 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年03月21日

3月21日

ネットに接続できない間,記録を残さなきゃいけないと思って書きためてましたけど,やっと追いつきましたね。

出勤の定番で5時50分起床。
最後の卵と余った冷やご飯で炒飯を作る。卵の消費期限も10日ぐらい前なんだけど。


会社の復旧は本格的にすることが無くなってきました。
電気が入った建屋のネットワークを順次確認していくだけ。壊れた機械もなくて楽な物です。

暇をもてあまして災害情報を確認しているうちに,震災後の衛星写真が公開されているとの連絡がありました。撮影日は3月12日とのこと。


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参ったなぁ,ホントに海と繋がってますよ。
水没した地域もずいぶんとあるなぁ



posted by 文公主 at 21:00 | 福島 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

3月20日

今日は休みです。

食料の買い出しに市内のスーパーに並んだ後,海側に向かいました。

興味本位という面があるのは否定できませんでしたが,行ってみると溜め息しか出ませんでした。

撮ってきた写真のいくつかを位置と併せて並べます。


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この辺までは運動を兼ねたときの通勤路です。
この時期だと,一面準備が始まる前の田んぼの筈ですが,海の中に道が通っているかのよう。
本来は視界にいろいろな建物が目に入るのですが,それらが一掃されて代わりに水に浮く無数の瓦礫。
松川浦に近づくに従って,次第に潮のにおい,次いで油のにおいに変わりました。おそらく,座礁した数多くの漁船から漏れた油でしょう。水面にも油が虹を張っています。




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比較的簡単に似たアングルの写真を発見できたのでこちらはペアで……
正確には震災前の写真は2枚とも,一本松川浦よりの農道です。


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おそらく,松川浦を臨む,という意味ではもっとも見晴らしの良かった写真。複数撮った写真を連結してパノラマにしてみました。
2枚目は,望遠を最大にして太平洋側を撮った写真。本来なら,松川浦と太平洋の間には道路が通っているはずなのですが,松川浦の陸側から見ても押し寄せる波飛沫が見えました。
どうやら,松川浦と太平洋の境目の細い道が押し流されて繋がってしまった模様。



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相馬港から松川浦大橋へ至る途中の交差点。
タンクの残骸が転がっている場所には,本来野球のグラウンドがあって,休みの日には少年野球の試合が行われているのを目にしたりしていたのですが……


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建物の被害,という意味では一番大きいのではないか,という相馬の海水浴場周辺。
海水浴場を守っていた消波ブロックが崩れていて,波が砂浜を削り取って行っている模様,もしくは沈降してしまって以前より波が高い位置まで押し寄せるようになったのか……

海水浴場を挟んでは,海水浴客を目当てに休憩所や宿泊所が軒を連ねていたのですが,一切合切瓦礫です。
その後ろが高くなっていたせいか,押し流されたのではなくそのまま瓦礫に変換された観があって,瓦礫がうずたかく積もってました。



こう見てきてしまうと,相馬の街側ははっきり言って被害は軽いです。

主要なインフラで止まっていたのは水ぐらいで,下水が処理に困ると言うこともありませんでした。現状正常になっていないのは燃料と輸送ぐらいです。


海側は根こそぎ無くなっていて,被害という表現では実態を表さないような気すらします。


今回の件,『地震』をキーワードとして呼び名が付けられていますが,戦後最悪と呼ばれる被害を引き起こしたのが『津波』であることを実感しました。



会社の同僚には海側の様子は見たくない。という人も居るのですが,見に行くべきだと感じました。その理由をうまくは説明はできないのですが,行けばわかります。

見に行った他の人も,『見に行くべき』と言ってました。
posted by 文公主 at 20:39 | 福島 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年03月20日

3月19日

6時24分起床。しまった!!
今日は出社なのに,目覚ましの設定変更し忘れてた。

とはいえ,ネットワーク系は試せることは試したので,もうほとんどすること無いんですよ。


通勤バスの中でボスが話すには,相馬以外に住んでいるうちの課員に出勤命令が出たそうです。


意図は,震災以降,相馬在住者が復旧作業を担当していますが働きづめになっているそれを休ませよう,とのことです。


常識論としてはいい話ですね。


ですが


現場が見えてないなぁ,というのが正直なところです。


市外居住者へ出勤命令を出すのは簡単ですが,福島から宮城の沿岸各都市はでは燃料の逼迫しているのは報道にあるとおりです。名取や岩沼から相馬へ来る,燃料を確保するのも大変なのです。


一方,相馬在住者に負担をかけているのは業務ではなく福島原発です。

これは仕事があるなしにかかわらずのしかかる負荷です。

原発からの距離が遠く(家と事業所を比べた場合),会社の負担で昼食が出,曲がりなりにもやることがある,という面では仕事をしていた方が楽な面もあるかもしれません。


ぶっちゃけ,負担軽減を考えるなら『撤収命令を出せ』と言いたいですね。


公開されている相馬での放射線量が正しいならば,1ヶ月ぐらいは問題ない(とはいえ,一般の年間被曝量を1ヶ月で超えます)ようですが……
posted by 文公主 at 22:54 | 福島 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

3月18日

5時50分起床。


昨日寝ている間に水音が聞こえていた気がしていたけど,それが本当だったみたい。

ちょろちょろとながら水の供給が再開。水道をひねるとわき水ぐらいの少なさながら水が出るほか,トイレのタンクも満水に。これは助かったなぁ。


久々に洗濯機を回しながら,朝食の支度。今日は一つ目目玉焼き。卵は残り2個。


歯を磨いたときにゆすいだ水の味からすると,もうちょっと循環させないと飲み水としては使えなさそう。

ちなみに水が来てなかった今までも毎食後に歯はちゃんと磨いてました,ただ磨いたあとにうがいをする代わりに,液体ハミガキでクチュクチュしてただけ。


今日は私も送られてきた支援機材のセットアップ。
応援組は今日の10時のバスで帰るのでそれまでに引き継ぎ終わらせないとね。


VPNの設定が入ったノートPCとデータ通信カードのペアが複数セット。確認した範囲は,DoCoMoがOK,Au微妙,SoftBankがNG,EモバOKといった状態。一応これで社内の電子メールの利用が可能に。

イリジウム他衛星携帯系の機材もいくつか到着。

電話の発信はOK,受信はうまくいかない。データ通信は何とか行った模様。LAN経由で社外のデータ通信ができる設備は初かしら?

続いて,構内のADサーバの立ち上げ。
機器に異常が無く立ち上がり,これでローカルユーザーとキャッシュされたアカウント以外でのPCへのログインが可能に。ついでにADが立ち上がったことにより,Sambaサーバの認証が有効になり。共有ファイルエリアの利用も可能に。


IP電話のSRST試験フェーズ2。SRST電話同士なら内線通話が可能なことを確認。これで,通電さえすれば構内電話を限定的に復旧できるめどが立った。

災害対策用のサブ回線であるKDDIのネットワーク回線が活きているという噂があったので,インターネット回線の復旧を試みる。
まぁ,いろいろやったけど結果はダメ。どうも,KDDIの回線が活きているとの噂が間違っていた模様。

15時頃に,4つある工場建屋のうち一つが復旧したとの連絡を受けて,ネットワークの復旧に向かう。

こちらもネットワーク機器に損傷はなかったらしく,問題なく稼働。
電算室の中も荒れた様子もなく綺麗なもの。まぁ,ここは一番新しいし設計時点で,ラックのアンカーを基礎に打つよう(私が強く!!)要求したので大丈夫と思ってました。


うちに帰ると,朝はちょろちょろだった水がずいぶん勢いよく出るようになっていました。他に使っている家庭が少ないせいか,勢いは普段よりよい印象。早速,だましだまし使っていた食器をまとめて洗って人心地つきました。明日以降は床の拭き掃除などもやっていこう。

posted by 文公主 at 22:20 | 福島 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

3月17日

5時50分起床。

朝ご飯は磯辺餅×2,あといくつ残ってたかしら?

昨晩深夜に,応援で来る予定の情シ部で一番偉い人と,全社の通信担当の部署の人(私の以前の上司)が応援で到着。いろいろ機材も持ってきたようです。

他のメンバーが新着機材の準備をしている中,私は相変わらず電話の復旧。

IP電話の復旧作業は局線GWが持っている災対機能(SRSTとかいう)のがあるのでそれを使って復旧してみようという試行。SRSTの設定が入っている電話機は限定されているのですが,それをとっていてネットワークに繋いだところ,あっさり局線GWをSIPとして機能が復活。外線発信もできてNTTの局線も活きていることが確認できました。ところが,この電話,発信はできるものの受信はうまくいかず。むぅ

とりあえずできるのはこれぐらい。


工場の偉い人から,メールが使いたいという希望がありました。
自力でメールサーバを立ててでも構内でのメールを使えるようにしろ……とかいう。

外への回線が死んでいるのは伝えてあるので,外への連絡はできないのはわかっているはずです。



『無茶言うな。メールサーバなんか立てても意味ないじゃん,事業所内の連絡ぐらい伝令立ててやれ!!!アホ』


とか思うようではユーザーのサポートはできません。せいぜい言われたまま動く作業員ぐらいですね。


外とメールで連絡が取れないとわかっている以上,彼らも『メールが使いたい』というわけではありません。

ぶっちゃけ,事業所内で活動している他のメンバーと情報共有がしたいだけなのですが,彼らはそれをメールにファイルを添付するという方法しかしか思いつかないだけなのです。

そんなことを言い出すかと思って,まえもってファイルサーバの立ち上げを始めてますよ。


問題は,サーバがRedHatでwinbindでのAD連携を前提の設定になってるので,Sambaで領域切っても見に行けないことですね。
ネットが見れず,設定をカンに頼っているので間違っている可能性が無いとはいえませんが……


結局夕方まで,サーバの立ち上げはうまくいきませんでした。


さて,今日は本社から応援にきた偉い人たちが居て,市内のステーションホテルに泊まっています。

ビジネスホテルではよくあることに朝食は出ても,夕食は出ません。

相馬市内はもうゴーストタウンに近くなっていますので,飲食店はまず営業していません。

相手が偉いのと,応援に来て貰った手前,彼らをつれて食事のできるところに連れてくのが義理と人情ですよね。


昨日,水汲みの帰りに営業しているのを見ていたお店が今日もやっていたのでそこへ連れて行って夕食をとりました。

ここ以外にも細々と営業している店はあるそうなのですが,震災以降外で食事をしたのは初めてです。
ついでに,1週間ぶりにアルコールを口にしました。


食事をしている間に,市内在住の部下からBフレッツが復旧したとの連絡。
うちに帰って確認すると,こちらも復旧してました。1週間ぶりね。
posted by 文公主 at 22:02 | 福島 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

3月16日

5時50分起床。

電気が復旧するはずの今日は出社。


うちの近くに7時15分にバスが回されて来るそうなのでそれに乗って会社へ。

電気が復旧したあと,回復した部分のネットワークと社外(WAN,局線GW)の状態確認が主となる。

KDDIもBフレッツも回復していないそうなので,社内ネットワークに接続するのは無理だと思うんだけど。


9時過ぎ,電源が復旧するとの連絡を受けて事務所へ向かう。

主電源とブレーカーが入ったことを確認して,必要箇所から電源を入れてゆく。

立ち上がるまでいろいろあったものの,SW各種,負荷分散機,WANルータ,局線GWなど,起動した範囲で故障機はなし。

30センチ以上ラックが動いているにもかかわらず,HDDが損傷もせずにサーバが復活したのには驚きました。動作部分のないSW系はそこそこ生き残っているものとは予想していましたけど……

で,いろいろ状態を確認して機器に問題がなかったのでLANの復旧は終わったのですが,回線側が全くのDOWNで復旧の見込み立たずなので,こちらは予定通りNG。どうにもなりません。


電話系(IP電話)も災対環境(冗長系)が相馬にあるので稼働するはずだったのですがダメでした。


ミーティングの中で会社の寮での風呂の解放と対象の部屋の情報が公開されました。

これ幸いと,被災以来初でシャワーを使いに行ったのですが,貧乏性故それと一緒に水を汲んで帰ろうと考えたのですがこれが失敗


ポリタンク1杯の18Lに加え,市庁舎で配っていたトイレ用(賞味期限切れの井戸水)ペットボトル×6ももらって,総勢32Lもの水を引っ張って帰る事になってしまいました。

せっかくシャワーで汗を流したのに,家に帰る頃には汗をかいてしまい,いったい何のために風呂へ行ったのやら……。


今日の夜ぐらいから寒いらしい。
原発の影響もあって換気扇を止めているほか,エアコンも使えない(使いたくない)。


普段の布団に重ねてコタツ用の布団を重ねて寝ました。
暖かい上,コタツ布団は普段の布団と違うにおいがしてちょっとシアワセ
posted by 文公主 at 21:45 | 福島 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

3月15日

7時半起床

弱いながらも朝から雨,放射性物質が雨に溶けて降ってくるかもしれないので今日は部屋に閉じこもっておくことにする。コインランドリーに行って洗濯物処理してくるつもりだったんですが明日以降に延期。


野菜分が少ないので今日はネギ,タマネギ半分,ニンジンちょこっと,モヤシひとつかみを使った野菜炒めを作る。


することもないので,こたつでうつらうつらとしながら狐笛のかなたを読む。


昼過ぎにはいったん雨が上がった模様。

15時頃に出かけようかと思ったらまた雨が始まっていた。アパートの他の住人が外に出ていて話したところ,もうこの建物には私とその人ぐらいしか残っていなくて他は皆避難したとのこと。

トイレ用の水とかなら,その辺の農業用水から汲むといいといったアドバイスをもらった。
確かにその方が楽か,そうすれば少しは水をくみに行く機会は少なめで済みますね。


17時半頃,基幹職役ということで出勤していたボスが帰りによって連絡事項の伝達をしてくれた。


明日は通勤バスの乗り込みポイントが増えるらしい。駅まで行くのは困難だから助かる。

放射線情報として自衛隊が市役所付近で計測したところ10時時点で0.0いくつμシーベルトパーアワーの問題なし水準,との見解で,市役所としても避難指示を出すつもりは無いとのこと。

瑞穂工場からのチャーターバスで資材が届くそうだが粉ミルクや紙おむつなどとのこと。これから先は食料が厳しくなると思うので米や野菜を送ってくれる方が助かるんだがなぁ。

ついでにその便で,情シ部長と空情シ部長がやってくるとのこと。気になるのはわかりますが,偉い人が来ても手伝いにならんので邪魔な面もあったり……

その他避難した人もぱらぱら居るらしい。

ボスの家の辺りは昨日の夜に水が通ったらしいので,一応復旧は進んでいるようだ。これはいい情報。


会社の寮が水道が通るようになったので風呂の貸し出しをしているとのこと。これは朗報と用意を調えて寮まで行ってみたけれど,どこが貸し出し用の部屋かわからなくてあえなく撤退。

この状態でまだやっている八百屋があるのにびっくり,



posted by 文公主 at 21:38 | 福島 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

3月14日

6時半起床,お餅を焼いて磯辺餅を2つほど。


今日は一応出勤。

今日は暖かいそうですが,荷物の入るポケットの多いダウンジャケットを避難用と位置づけていろいろ詰め込んでるので敢えて着てゆきます。

車で乗りあって向かうことになってましたが,念のための様子見で会社のバスルートに行ったところ,驚いたことに定時にバスが来てました。結構がんばってますね。



朝8時より全体集会。
この時点で既に全員は集まらない。

家が流れて避難所にいて来てない人,避難して余所に行った人などいろいろ。今日来た人でも終わったらどこかへ行く,という人も当然居ます。

水が出ないので食器が洗えなくて苦労している,とかいった話をしていたら。

「サランラップ使ったら?」

そのときは何を言っているのかわかりませんでしたが,これは後々大きな福音に。さすが主婦……



地震の当日に出張していた工場長とその上司が戻ってきてました。
立場的に来ないと顔が立たないのはわかるんだけど,偉い人の人数増やして意味あるかしら?


連絡事項としては,来週火曜まで休業として一般従業員は自宅待機。居る人員を中心に連絡体制を練り直すこと。職長・基幹職は復旧計画のため明日以降も出社のこと。

役職はありませんけど,私たちはネットワークインフラ復旧のために出てきますが……勤務の取り扱いとか,どうなるのかしら?


今日は初日と言うことで,職長だけではなく班長も交えて現場に踏み込み,被害状況と復旧計画の立案もするとのことでした。

土日のうちに到着した建設会社の部隊が既に下見を終えていて,各建屋の被害状況と危険度マップを作成していたそうです。


ざっくり言うと,1階にある工場エリアは水銀灯とか壁が剥がれかけたりしてる,2階の事務所はどこも全滅,といった状態みたいです。

グループを組んで工場組が現場に行っている間に,許可を貰って事務棟に踏み込みました。

電算室は壁などは全損してるけど,2年ぐらい前にやった耐震対策のおかげでラックが倒れたりはしてないので機材はもしかしたら生きてるかも。

カメラに納めた惨状に関しては,正式通達が出てて案の定公開禁止ということらしいです。


そのあとは衛星携帯やらファクスの紙詰まりの解消など,本来は私らの仕事じゃないことに便利に使われて1日を過ごしました。そんなこと自分でやりなさいよ。


まぁ,電気が復旧するまでは私らすることないんですが……


今の予定では事務棟(電算室)の電気が復旧するのは16日以降って事なので,出番は17日以降になりそうです。
posted by 文公主 at 21:33 | 福島 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

3月13日

起きたのは結構ゆっくり。

やっぱしアパートの住人は車で寝てる。

部屋で寝ていてノンキっぽいかもしれないですが,揺れる前に地鳴りで地震の発生がわかるようになってしまいました。はっきり言って地震速報より早くて正確。

あと,コタツに当たっていても大きめの地震が発生したら即座に机の下に潜り込めるように……
潜り込んだあと思い返しても,体をどう動かしてコタツから出て机の下に潜り込んだか思い出せないぐらい熟練の動きを身につけてしまいました。



地震の前に作っておいた根菜のスープが,地震にも負けず鍋の中に残っていたのでこれを温めて食べる。
地震で落ちてきた壁材の粉末とかが混ざっているかもしれませんけど,これは気にしない方向で……


相変わらず部屋の掃除。

昨日本棚は立て直したけれど,本は収めてないのでそこの作業。

だいたいは前と同じように詰め直したつもりですけど,なんか違う。


昼過ぎまで本棚の整理をしていて,やっぱり水が復旧しないので,また市役所まで復旧状況の確認に行く。
自転車にまたがって漕ぎ出した瞬間,ボスが自転車で現れる。部下の安全確認をしに来た模様。

話をしながらボスと一緒に市役所へ。


今日も「水道団と連絡が取れてないので状況はわかりません」とのこと。

伝令出してないのかゴルァ


市役所向かいの分庁舎で飲料水を配布しているらしいので,貰って帰る。ペットボトルで2L。

分庁舎では給水所も運営しているらしい。あとで汲みに来よっと。



ボスとは市役所で別れたあと,思い立って海の方に向かってみる。

とはいえホントに海まで向かうのではなく,6号バイパスまで行っただけだけど。

行ってみてびっくりですが,バイパスを境に西と東でくっきり分かれてる。津波はどうやらここまで来たみたい。

東は一面泥や藁に覆われてるけど,西は冬の田んぼの状態を維持してる。

ここはうちから500m程度……ここまで来てたのか……



バイパスからは松川浦まで見晴らせるようになっていて,そこまでの間にあった物が根こそぎ無くなっている感じ。

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しばらくバイパスを北に向かって走っていましたが,バイパス自体が損傷で通行止めになっていたので降りて家に戻りました。


次はマストの水汲み。

何か適当な容器はないかと家中ひっくり返したあげく,大きめのパッキンとしばらく使っていない灯油用のポリタンクを使うことに。


総容量は30Lを超える事になるので,アキバ名物のキャリアカートも準備しました。


どうせポリタンクの水は飲めないので,近所の宇田川で汲んでしまおうかと,川の水面を見るまで迷いながら出かけたのですが,川の水で済ます勇気が持てず,結局はおとなしく市役所まで水を汲みに行くことに。


カートのおかげでかなりの量の確保することができました。
まずは昨日まで使った食器を洗う。

まさか,この水がトイレ1回で半分も使うハメになるとは思いもしませんでしたが……




水を確保して一安心したので,やっと意識が外に向かう。

昨日は連絡してない家族と話をするために,再度公衆電話へ。前回は使えたテレホンカードが使えなくなって硬貨を投入する必要があり(公衆電話の通話料は既に無料)……


本家へ電話すると繋がらない……

四国の方も津波が行っているって言う話だし,海辺の本家ももしかして流された?,と青くなりながら他の番号へもかけてみてもそれも繋がらない。

どうやら公衆電話も死んでしまった模様。通話音はするんだけど……
とうとう連絡手段が全部死にましたか……

諦めて家へ帰る。

晩ご飯はお餅,海苔と合わせて磯辺餅を2個ほど作る。
posted by 文公主 at 21:19 | 福島 ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

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